40代前半に「ふわっと」走り始めた怠け者ランナーが、59歳でサブ4を達成するまでの実録シリーズ(全19話)・第1話。すべての始まり――24歳、無謀な初マラソンの話です。どの話からでも読めます。
マラソンを走る人のことを、私はずっと「お金を払って、わざわざ苦しい思いをしにいく、頭のおかしい人たち」だと思っていました。
……今、その頭のおかしい人を、15年以上続けています。59歳になりました。
なぜこうなったのか。話は社会人1年目、24歳までさかのぼります。
ほとんど練習せずに、真冬のフルマラソンへ
当時の私は、マラソンを完全に舐めていました。
練習らしい練習もせず、「まあ、走ればなんとかなるだろう」くらいの軽い気持ちで、1月のフルマラソンにエントリーしたんです。42.195kmが、どれだけ人間を壊すか、何も知らずに。
スタートしてしばらくは、正直ちょっと楽しかった。問題は、ハーフを過ぎたあたりで起きました。
膝が、痛い。
「もう、リタイヤしませんか?」
そこからは地獄でした。痛む膝をかばいながら、後半はほとんど足を引きずるような走り。歩いては止まり、また少し進む。
自分ではそこまで引きずっているつもりはなかったんです。でも、沿道の運営のおじさんに、こう声をかけられました。
「もう、リタイヤしませんか?」
たぶん、はたから見たら「こいつはもう無理だ」と思われるくらい、ひどい走り――いや、歩きだったんでしょうね。
でも、なぜか私はやめませんでした。今思えば、あんな状態で完走したんだから、それなりに根性はあったのかもしれません。……まあ、ただの意地っ張りだった気もします。
ゴールしたのは、6時間を超えてから。それでも、沿道からはたくさんの声援をいただきながらゴールできました。
「終わった……」と思いました。本当の地獄は、ここからだったんですが。
車から、降りられない
会場まで車で来ていた私は、なんとか運転して家まで帰りました。
――ここで一つ、運が良かった話を。実はこの少し前、私は車をマニュアルからオートマに買い替えたばかりでした。もしマニュアル車のままだったら、クラッチを踏む左脚がもう動かず、運転して帰ることすらできなかったはずです。今思うと、本当に運が良かった。
問題は、家に着いてからでした。
車から、自力で降りられない。
脚に力がまったく入らないんです。仕方がないので、自分の脚を腕で持ち上げて、一本ずつ車の外に出す。そうやって、なんとか降りました。
翌日、当然のように出勤できず、会社を休みました。
「マラソンを舐めてはいけない」――そう学んだはずでした
この経験で、私は痛いほど学んだはずでした。マラソンを舐めてはいけない、と。
普通の人なら、ここで「もう二度とやらない」と思うでしょう。
ところが私は、翌年もまた、参戦するんです。
しかも、今度はさらにおかしな作戦で――。
(続く)
📋 この時期の記録
- 年齢:24歳(社会人1年目)
- 練習:ほぼゼロ
- 結果:6時間オーバーで完走。翌日は歩けず欠勤
- 私の場合:練習ゼロのフルマラソンは、完走できても日常生活が壊れました
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