「フルマラソンって、どれくらい練習したら、どれくらいで走れるの?」
この疑問に、トレーナーや元実業団の方が答える記事はたくさんあります。でも、ごく普通の中高年ランナーの実測値は、意外と見つかりません。
そこで、私の記録を全部公開します。私は40代前半に走り始め、43歳で20年ぶりのフルマラソンに参加。以来、通算22大会目となる59歳の春先、ようやくサブ4(ネットタイム3時間59分台)を達成した市民ランナーです。練習は嫌い、走るのは人に見られたくない、根っからの怠け者。つまり、たぶんあなたと同じくらい普通の人間です。
※これはあくまで「私一人の記録」です。トレーニング理論でも推奨でもありません。体格・体質・年齢で結果は変わります。古い時期は記憶とGPSウォッチの記録からの再構成なので、おおよその数字です。
※大会の時期は「年明け」「春先」「年の瀬」と表記しています。私が出ていた大会は、この3つの時期に開かれるものでした。
練習量と結果の対応表
| 年齢 | 練習内容 | フルの結果 |
|---|---|---|
| 43〜48歳 | 大会後は休み、春〜夏は月3〜5回 → お盆明けから週1〜2回。大会時点で「10kmを1時間くらい」の仕上がり | 毎回5時間台(歩き・走り交互、計6大会) |
| 49歳 | 年明けの大会後も継続し、20km級の走り込みを2回ほど追加 | 春先・4時間20分台 |
| 50歳 | ハーフ大会参加など、20km程度を数回 | 年明け・4時間40分/春先・4時間15分 |
| 51歳 | 10月以降は週2回・1回10〜20km(月間100〜140km)、12月以降は25km超を月1〜2回 | 春先・4時間10分台(当時の自己ベスト) |
| 52歳 | 練習回数は同程度。ただし20km超のロング走がほぼゼロ+体重5kg増 | 春先・4時間50分台 |
| 53〜55歳 | コロナで大会中断。週1回・月20〜60km程度 | (大会なし。体重はピークで+10kg) |
| 56歳 | 大会前4ヶ月は平均で月120km(最高170km) | 春先・4時間38分 |
| 57歳 | 夏も月70km、大会前2ヶ月は月120km+20km超×2回 | 年の瀬・4時間43分 |
| 57歳 | 月130km前後、20km超を月1〜2回 | 春先・4時間21分 |
| 58歳 | 夏は月50〜70km、10〜11月は月130km程度。本番はキロ6分20秒のイーブンペース | 年の瀬・4時間25分(初めて35kmで失速せず) |
| 58歳 | 12〜2月に月130〜200km(1月に初の月間200km) | 春先・4時間10分台 |
| 59歳 | 夏は月100km前後を維持 → 11月に200km超。初めての30km走(25kmで脚がキツく) | 年の瀬・4時間5分台 |
| 59歳 | 1月に自己最多の月間250km+30km走を2回(2回目は「もう少し走れそう」) | 春先・3時間59分台 |
この表から、私が学んだこと
1. 「10kmを1時間で走れる程度」の仕上がりでは、6年間ずっと5時間台だった
私の場合、この練習量だと毎回30km手前で足が終わり、あとは歩いたり走ったり。6大会、結果は変わりませんでした。
2. 20km級の走り込みを数回足しただけで、5時間台 → 4時間20分台(49歳)
練習メニューなんて知りませんでした。ロング走を数回足しただけで、約40分縮まりました。
3. 練習「回数」が同じでも、ロング走が消えるとタイムは崩れた(52歳)
回数はほぼ同じなのに、20km超がほぼゼロ+体重5kg増で、4時間10分台→4時間50分台。あとから記録を見て気づきました。数字は正直です。
4. ほぼ同じ練習量でも、51歳と56歳では約30分違った
月100〜140kmで4時間10分台だった体が、月120km(平均)で4時間38分に。これが私の「年齢の実測値」です。歳を取って同じタイムを望むなら、練習は増やすしかありませんでした。
5. 私のサブ4ラインは、月130〜250km+20km超のロング走
58歳で月130〜200kmで4時間10分台。59歳、1月に250kmを積んだ冬の先に、3時間59分がありました。
6. 積み上げた練習量は、脚より先に「気持ち」に効いた
それまで長い練習といえば20km台まで。サブ4を狙った年の11月に、初めて30kmを走りました。そのときは25kmで脚がキツくなりましたが、2ヶ月後(1月)に2回目・3回目をやると、「もう少し走ろうと思えば走れる」という感覚に変わっていました。脚は、確かに強くなっていたのだと思います。
ただ、気持ちを支えてくれたのは、その一本だけではありません。月150kmすら走ったことのなかった人間が、夏も月100km前後を守ってサボらず、勝負の冬には最大250km。 この積み重ね全体が、私には大きかった。
脚が粘るようになったのは確かです。でもそれ以上に、本番の終盤――脚が重くなってからも「これだけやったんだから、今までより頑張れるはずだ」と思えたこと。そこが効いた気がしています。
7. スピード練習は、していない
正確には、試したけれど続きませんでした。インターバルもビルドアップも、キツい練習は続かない。続かない練習は、ないのと同じでした。
8. 練習の中身は、体調任せの「ただ走るだけ」
上の表の練習は、すべて「その日の体調で、キロ5分半〜6分半(おおむね6分前後)をなんとなく走るだけ」です。メリハリなし、計画なし。LSDと呼ぶには速すぎる、完全な自己流。それでも、量を積めばここまで来られました。
9. 結局、いちばん大事だったのは「走れない期間を作らない」こと
無傷でここまで来たわけではありません。走り始めた40代前半に、膝の外側が痛む腸脛靭帯炎をやりました。原因は、その時点の自分の脚力に見合わない強度で走ったことだろうと思います。たぶん、症状が軽かったのだと思います。その後、ランニング後に簡単なストレッチを続けるようにしたら、私の場合はそれが合ったのか、以来再発していません。
コロナ期からはモートン病(足指の付け根あたりが痛む症状)もありますが、こちらは走れないほどではないので、半ば無視して付き合っています。
一度痛めた経験があるぶん、私はキツい練習に慎重でした。そして上の表を見返すと、タイムが落ちた年は、例外なく練習量が落ちた年です。裏を返せば、走れる状態を保ち続けることが、そのまま積み上げになる。凡人の私にとっては、それが結局いちばんの近道だったのだと思います。
※症状の名前は、私が調べたり言われたりした範囲のものです。痛みが続く場合は、私のような素人判断ではなく、医療機関で診てもらってください。
この数字の裏にある物語
なぜ40代で走り始めたのか、なぜ6年間も5時間台で満足していたのか、なぜ59歳でサブ4を目指したのか――その顛末は、全19話の実録シリーズに書きました。

コメント