40代前半に「ふわっと」走り始めた怠け者ランナーが、59歳でサブ4を達成するまでの実録シリーズ(全19話・週1〜2話ペースで公開中)・最終話。サブ4挑戦、その結末です。
いよいよ、その日が来ました。
3年越しの挑戦。いや、車から降りられなかった24歳のあの日から数えれば、35年越しの42.195kmです。
腹を括って、スタートラインへ
ふくらはぎの違和感は、スタート時点では、幸い出ていませんでした。でも、いつ突然来るか分からない。その不安だけは、最後まで拭えませんでした。
当日、私はふくらはぎにサポーターを巻きました。そして――「これでも痛むなら、もう仕方がない」。そう腹を括って、スタートラインに立ったんです。
作戦は、キロ5分30秒台
最初の1kmは、スタートの混雑もあって6分。これは想定内です。
問題は、その後。ここからキロ5分30秒台を維持できれば、4時間を切れる。そう設定して、私は走り出しました。前半は飛ばしすぎず、あくまでイーブンペースで。逸る気持ちを、ぐっと抑えて。
ふくらはぎには、「せめてハーフを過ぎるまでは、持ってくれ」と祈るような気持ちでした。……でも、走っているうちに、いつしかその不安も忘れていた。脚は、持ってくれたんです。
サブ4ペーサーの、後ろで
前半、私はサブ4のペースメーカーの後ろについて走りました。正直、もう少し速く走れる感覚もありましたが、そこはぐっと我慢して。
ところが30km手前あたりから、そのペーサーに、少しずつ離され始めます。
普通なら、焦るところでしょう。でも――自分の時計を見ると、タイム自体は、目標から遅れていない。だから、それほど慌てませんでした。
ペーサーがなぜ離れていったのか、正確なところは分かりません。号砲からの時間(グロスタイム)でサブ4を狙う設定だったのかもしれない。それなら、ネットタイムでは少し速く走る必要がありますから。
いずれにせよ、私は私の時計だけを信じて、走り続けました。
残り10km、じわじわ重くなる脚
30kmを過ぎたあたりから、脚に重さを感じ始めました。
ただ、以前とは違います。かつては、このあたりで脚が「終わって」いました。でも今回は、重いだけで、まだ余力がある。走り込んだぶんは、確かに残っていたんです。
それでも、1km、また1kmと刻むうちに、重さは少しずつ増していきます。そして35kmを過ぎた頃には、もう、はっきりと重い。
いつもなら、ここから失速が始まります。歩きはしなくても、ペースがずるずると落ちていく。それが私の定番でした。
でも今回は、時計が許してくれません。1kmごとにラップを確かめては、「まだ大丈夫」「まだ落ちていない」と自分に言い聞かせる。脚は重いのに、ペースだけは落とせない。そんな10kmでした。
39kmのエイド、1分の重み
39km地点。ここには、私が例年、必ず足を止めるエイドステーションがあります。
いつものレースなら、ここで1分や2分ゆっくりしても、タイムに響くことはなかった。でも、今回は違う。その1分が、勝負を分ける。サブ4に、1分の余裕もないんです。
私は、飲み物だけをさっと取って、止まらずに走りました。あの、毎年一息ついていたエイドを、生まれて初めて、素通りしたんです。
一瞬でもサボったら、終わる
脚は、もう重くなっていました。疲労も、はっきりと感じる。でも、ペースはギリギリ、落ちない。いや、落とせない。
サブ4に、まったく余裕がない。一瞬でも失速したら、そこで終わり。私は最後まで、ずっと時計を睨みながら走りました。
思えば、これまでの大会では、こんなに必死には走れませんでした。どうせサブ4は無理だと分かっているから、最後のところで、どこか力を抜いてしまっていたんです。でも、今回は違う。一瞬でもサボれば、すべてが水の泡。だから私は、人生でいちばん、必死に走っていました。
残り1km、残り6分
そして、残り1km。時計を見ると、残された時間は、およそ6分。
――失速さえしなければ、届く。
重くなった脚を、必死に前へ運びました。もう、格好つけている場合ではありません。止まるな、緩めるな。ただそれだけを、自分に言い聞かせて。
3時間59分台
ゴール。
時計は、3時間59分台を示していました。
初めての、サブ4。
ゴールした瞬間、私は――小さく、ガッツポーズをとったような気がします。人目を気にする、あの見栄っ張りの私にしては、それが精一杯の、ささやかな喜びの表現でした。
正直に、白状しておきます
最後に、一つだけ正直に。
このタイムは、ネットタイムです。スタートの号砲からではなく、私が実際にスタートラインを越えてから、ゴールするまでの時間。号砲からのグロスタイムでは、公式には「サブ4」と認められないかもしれません。
でも――市民ランナーには、スタート地点を越えるまでの時間も、ちゃんとあるんです。だから、どうか。ネットタイムでのサブ4を、許してください。私にとっては、まぎれもない、生まれて初めてのサブ4なんです。
車から降りられなかった男が
42.195kmを走って、車から自力で降りられなかった、24歳。
マラソンをする人を「お金を払って苦しむ、頭のおかしい人たち」と見下していた、30代。
見栄で走り始め、逃げ道を塞ぎ、環境に流され、10kg太り、それでも懲りずに走り続けた男が。
59歳で、ついに、4時間を切りました。
今でも私は、自分のことを、半分「頭のおかしい人」だと思っています。でも今は、少しだけ、こう付け加えることができます。
――「4時間を切った、頭のおかしい人」だと。
(了)
📋 この時期の記録
- 年齢:59歳
- 作戦:最初の1kmは混雑で6分(想定内)→ 以後キロ5分30秒台を維持。サブ4ペーサーを前半の目安に。39kmのエイドは飲み物だけで素通り。ふくらはぎはサポーターで対処
- 結果:3時間59分台(ネットタイム)。生まれて初めてのサブ4。20代の初マラソンから数えて、通算22大会目での達成
- 私の場合:土台は、走り込んで作った脚。その脚があったうえで、「1分も無駄にしない」計算と、最後まで時計を見続けた必死さが、ぎりぎりの差を埋めてくれました

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