健康でも記録でもなく、「見栄」が私を本気にさせた

記事内に広告が含まれています。

40代前半に「ふわっと」走り始めた怠け者ランナーが、59歳でサブ4を達成するまでの実録シリーズ(全19話・週1〜2話ペースで公開中)・第6話。歩いても平気だった私が、初めて「歩きたくない」と思った転機の話です。

何年も、私は「完走できれば満足、歩いても平気」のゆるいランナーでした。タイムなんて、一度も気にしたことがなかった。

そんな私が、生まれて初めて「歩きたくない」と思う日が来ます。きっかけは、健康でも、記録への憧れでもありませんでした。

そもそも、タイムを気にしていなかった

正直に言うと、近所の大会が始まるまで、私は時間のことなど全く気にしていませんでした。歩いたり走ったりしながら、ゴールできればそれでいい。本気でそう思っていたんです。

当時の私の練習量だと、毎回だいたい同じ展開でした。ハーフを過ぎて、30kmを待たずに、確実に足が終わる。 一度歩いてしまうと、そのあとはもう、歩いたり走ったりの繰り返し。その結果として、毎回5時間オーバーでゴールしていた。ただ、それだけのこと。それで、十分でした。

だから「5時間を切りたい」なんて、考えてすらいなかった。5時間オーバーは、狙った結果じゃなく、ただ自然とそうなっていただけだったんです。

近所を走る、新しい大会

ところが、あるとき新しい大会が始まりました。これまでの遠方の大会と違って、自宅の近所を走るコースだったんです。

ここで、私のあの性分がむくむくと頭をもたげます。

――近所を走るということは、知り合いに見られるかもしれない。

これまでの遠い大会なら、声援をくれるのは見ず知らずの人ばかりで、いくら歩いても平気でした。でも今度は違う。ご近所さんや知り合いに、自分が歩いている姿を見られるかもしれない。

想像すると、それはちょっと嫌だな、と思いました。できれば、歩かずに走り切りたい。生まれて初めて、そう思ったんです。

気づいた ―― 歩かなければ、5時間は余裕で切れる

「歩きたくない」と思ったとき、私はあることに気づきました。

毎回5時間を超えていたのは、足が終わって歩いていたから。つまり――ほとんど歩かずに済めば、たとえゆっくり走っても、5時間は余裕で切れるはずだ。

そのためには、30km手前で足を終わらせない、もう少し走れる脚を作ればいい。逆算すれば、答えはシンプルでした。練習を増やすこと。それだけです。

目標は「余裕を持って5時間切り」。ギリギリではダメなんです。ギリギリ狙いだと、終盤でへばって、結局どこかで歩いてしまうかもしれない。それでは、近所の目から逃げ切れない。私が欲しかったのは、いいタイムそのものより、「絶対に歩かずに走り切る」という保証でした。

怠け者が、生まれて初めて練習を増やす

ここまで来ると、さすがの怠け者も、重い腰を上げます。

それまで私の練習は、毎年同じパターンでした。大会が終わると、ぱったり走らなくなる。次の大会が近づくと、超スローの20分から再開して、本番までにはなんとか10kmを走れる状態にする。――その「10kmまで」が、私の定番だったんです。

でも、それでは30kmを待たずに確実に足が終わる。だから今回は、人生で初めて、その「10kmまで」を超えて練習量を増やしました。

こうして私は、年2回――遠方の大会と、近所の新しい大会の両方に出るようになりました。いつもなら遠方の大会が終わると、「次は1年後」と長期休養に入るのですが、休養もほどほどに、自分から進んで、ある意味初めて走り込んだのです。健康のためでも、記録への情熱でもない。ただ「歩く姿を見られたくない」という、その一心で。

振り返ると、ここが転機だった

健康でも記録でもなく、ただ「知り合いに歩く姿を見られたくない」という、しょうもない見栄。

でも今振り返ると、この見栄こそが、私のランニングを変えた最初の転機でした。「完走できればいい」から「歩かずに走り切りたい」へ。小さいけれど、決定的な一歩です。

さて、初めて「10kmまで」の壁を破る練習をして臨んだ、近所の大会。歩かずに、5時間を余裕で切れたのか――。

(続く)


📋 この時期の記録

  • 年齢:49歳(この年に、近所を走る地元の大会が新設された)
  • 内容:初めてタイム目標を設定(余裕を持って5時間切り)
  • 根拠:5時間オーバーの原因は「足が終わって歩くから」。歩かなければ、ゆっくりでも切れる計算だった
  • 私の場合:練習を増やす動機は健康でも記録でもなく、「歩く姿を知り合いに見られたくない」という見栄でした

シリーズ目次(全19話)へ

コメント

タイトルとURLをコピーしました